1)フラーレン (fullerene) は、最小の構造が多数の炭素原子で構成されるクラスターの総称である。構造の始まりが14個のダイヤモンド及び6個のグラファイトと異なり、数十個の数の原子から始まる炭素元素同素体である。1985年に最初に発見されたのは、炭素原子60個で構成されるサッカーボール状の構造を持ったC60フラーレンである。この発見により、ハロルド・クロトー、リチャード・スモーリー、ロバート・カールは、1996年度のノーベル化学賞を受賞した。
C60フラーレンの発見は1985年であるが、それ以前に C60 構造の存在を予言していた学者がいる。豊橋技術科学大学の大澤映二は、1970年頃、ベンゼンが5つ集まって皿状になった「コランニュレン」という物質の構造がサッカーボールの一部と同じであることに気づいた。ここから、実際にサッカーボール状の C60 も存在しうると考え、考察の結果を邦文雑誌などに公表した。だが、これが掲載されたのは日本語の文献のみで、英語などでは発表していなかったため、欧米の科学者には知られることなく、ほぼ15年後に実在が確認される結果となった。
1992年、ロシアのカレリア共和国産の"炭素鉱物シュンガ石shungite"(まだ正式に鉱物種とは認められていない) に C60 が含まれていると報告された。その後京都大学で分析が行われ、2004年に重量比で約20ppmの C60 が含まれていると発表された[1]。2007年現在、生成の機構は不明である。
炭素原子60個がサッカーボール型に集まって出来上がった、奇跡のように美しい分子です。そのユニークな形と性質から、多くのジャンルの科学者の関心を引きつけ続けている化合物ですが、そもそもの発見は全くの偶然によるものでした。
C60は1985年、Kroto、Smalley、Curlらの英米混成チームによって発見された化合物です。
「炭素クラスター」と呼ばれる、宇宙空間だけで存在できる特殊な分子がもともとの彼らの研究テーマでした。
彼らは地上でこれを再現すべく、真空状態でグラファイト(炭素が蜂の巣状に集まったもの、下図)にレーザービームを当てて蒸発させるという実験を行っていました。
レーザーのエネルギーによってグラファイトは炭素数個から数十個の断片(クラスター)に砕け散るので、この様子を調べていたのです。
グラファイトの構造
ところがある日、実験を担当していた大学院生が、多くの断片の中でなぜか炭素数が「60個」のものだけが飛び抜けて多くできていることに気づいたのです。
いろいろと条件を変えて実験するうちC60の割合は増えてゆき、ついにほとんどC60だけができる条件までが見つかりました。なぜ50でも100でもなく「60」でなければならないのか?おそらくC60だけが他に比べて特別に安定な構造を持つからだろうと思われたのですが、それがいったいどんなものであるのかを求め、チームは幾日も議論と実験を重ねました。
炭素からできる環は六角形が最も安定で、グラファイトも六角形が蜂の巣のようにつながった構造です。
ではC60も6員環からできているのではないか?Smalleyはこう考え、六角形の紙をたくさん切り抜き、それらを貼り合わせていろいろと模型を作ってみました。しかし六角形だけではどうにもうまく形ができません。
悩んでいたときに、Krotoが「うちにあったスタードーム(ボール紙製の天球儀)には五角形の面があった」と発言したのです。そこで五角形を加えて模型を作ってみたところ、ものの見事に60個の頂点と完璧な対称性を持つ多面体が出来上がったのです。これだ!彼らは直感しました。
その後もいくつかの証拠が付け加えられ、この構造は恐らく間違いのないものと思われました。
フラーレンは60個の炭素、90本の炭素-炭素結合、30本の二重結合、20の6員環、12の5員環を持つ。
全ての炭素が4本の結合の腕を出して結合しているため余りが出ず、ひずみが全体に均等に分散しているので安定な構造である。
このサッカーボール構造に対し、「サッカーレン」や「フットボーレン」といった名称も提案されましたが、最終的に彼らがこの分子に与えた名前は「バックミンスターフラーレン」でした。
五角形と六角形から成るドーム建築の考案者である、バックミンスター・フラーの名にちなんだものです(この長ったらしい名前は少々彼らのおふざけも入っていたようで、普通は「フラーレン(fullerene)」の名がよく使われます)。
C60発見の報告は世界最高の権威を誇る科学雑誌「Nature」に掲載され、その美しい構造はその号の表紙を飾る栄誉に浴したのです。
華々しいデビューを飾ったフラーレンでしたが、レーザー法で得られるC60は極めて少量であったため、しばらくの間研究はあまり進展しませんでした。
大きなブレイクスルーが訪れたのは1990年で、ドイツのKretschmerとHuffmanが、アーク放電を用いることによって大量のフラーレンを合成できることを見つけたのです。
この発見は衝撃的で、学会でこの報告がなされたとたん、聞いていた学者は同じ実験を試すために一斉に大学に飛んで帰ってしまい、席ががら空きになってしまったというエピソードが残っています。
こうして世界中でフラーレンの大量生産が始まり、現在まで続くフラーレンフィーバーの幕が上がったのでした。
ちなみにこのアーク放電でできていたのはフラーレンだけではなく、カーボンナノチューブというもうひとつのノーベル賞級の大発見が潜んでいました。
大量の素材が得られて一挙に研究が進むと、C60はただ美しいだけでなく、実に面白い性質を持つことが次々に明らかになってゆきました。
1991年には、フラーレンにカリウムなどの金属を混ぜたもの(ドーピングといいます)が低温で超伝導性を示すことが明らかになり、大きな反響を呼びました。超伝導は電気抵抗が全くゼロになる現象で、この性質を示す有機化合物はほとんど例がありません。
またアーク放電の際に炭素棒に金属を混ぜておけば、そのかご型構造の内側に金属原子を閉じ込めることが出来ます。
こうした「内包フラーレン」は元のフラーレンといろいろと違う性質を示しますし、中の金属も特有のふるまいを見せるのでこれもまた極めて面白い研究対象です。