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羞恥心の基準
ドイツなどのサウナは男女いっしょに入りますが、現地の人たちは、家族・友人・職場の仲間どうしなら裸で入ってもいいけれど、知らない人には肌を見せたくないといいます。それに対して、日本人の感覚では、知らない人ばかだと肌を見せてもいいけれど、知っている人がいれば(あるいは日本人がいれば)ぜったいに嫌だという感覚がありますよね。
この感覚の差はなんなんでしょうね。

※欧州の人(特に南欧)の人は海岸などでトップレスになる人も多く、この場合は不特定多数だと思いますが・・・。
ビーチでトップレスの日本人も他の日本人に会うとなんか恥ずかしい感じですね。

  • 質問者:かおん
  • 質問日時:2010-11-08 23:01:52
  • 0

スキンシップとか手の甲に接吻するとか直に触れることを挨拶の形式とする西洋人の感覚と挨拶でも少し間を置くアジア人共通の感覚の違いでしょう。
ボディゾーンの距離と目のやり場についての間隔的な差です。

特に日本人は恥じらいがあるので正面に対するボディゾーンは離れています。
横は比較的寛容でボディゾーンが近くても平気なので、ベンチでも知らない人と一緒にすわることができますが、正面は苦手です。

間の取り方というのは日本人の独特な感覚でもあります。
昔は縁側で客と庭を見ながらくつろいで世間話をするというのが日常的でした。
これは座敷で相対するとお互いのボディゾーンが離れているので形式張ってしまうけれども、横を向いて話す場合にはボディゾーンが狭いのでお互いに近寄ってもくつろいで話せるということからだとおもいます。

西洋人の会話は基本的に正面から目を見ながら話しますが、日本人はこれは特に苦手です。
「目のやり場がない」と言う言葉があるくらいです。(こちらは相手を意識している場合)
逆に、浴場のなかでは「裸のつき合い」という言葉があるくらいで打ち解けて相手の裸を見ていないのでしょう。



西洋人のトップレスとかヌーディスト(ビーチ)とかは比較的新しい西洋人の流行で昔ながらの感覚ではないと思います。
宗教的な束縛からの解放を近代になって意識したのものだと思います。

すこしまとまらない回答になりましたが西洋人と日本人の羞恥心の感覚の違いはボディゾーンと視線の使い方の違いによるものということでしょう。

  • 回答者:多分 (質問から6日後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

ありがとうございます。
そうなんですね。何となく納得です。
長年の文化の違いなんでしょうね。

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